カンバンガイド (2025年5月)
序文
2025年5月
本ガイドは、カンバンに関する最小限の指針を提示することで、コミュニティにとっての統一的な参考資料となることを目指している。カンバンは、さまざまなアプローチによって補完することで、価値の提供や組織の課題に関する幅広いニーズに柔軟に適応できるようになる。
本ガイドでは、いくつかの用語について特定の使い方を定めている。これらは既存の定義を置き換えることを意図したものではなく、本ガイドにおける用法を明確にするためのものである。
top用語の定義
カンバン(Kanban)またはカンバンシステム(Kanban system): 本ガイドで説明する概念の全体像。特にナレッジワークに関連するもの
ステークホルダー(Stakeholder): カンバンシステムのインプット、アクティビティ、アウトカムに対して、責任を持つ、関心を持つ、または影響を受ける個人やグループ、もしくはその他の存在
価値(value): ステークホルダーにとっての潜在的または実際に得られた恩恵。例として、顧客、エンドユーザー、組織、環境のニーズを満たすことが挙げられる
可視化(visualize、visualization): アイデアを効果的に伝えるためのあらゆる方法で、視覚的なものに限らず、概念の明確化なども含む
リスク(risk): 望ましくないことが起こる可能性
© 2019-2025 Orderly Disruption Limited, Daniel S. Vacanti, Inc.
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topカンバンの定義
カンバンとは、あるプロセスを通じて、価値の流れ(フロー)を最適化するための戦略である。以下の3つのプラクティスが連携して機能する。
- ワークフローを定義し可視化する
- ワークフロー内の項目を主体的に管理する
- ワークフローを改善する
これらのカンバンのプラクティスを実装したものを、総称してカンバンシステムと呼ぶ。カンバンシステムの価値提供に参加する人たちを、「カンバンシステムメンバー(Kanban system members)」と呼ぶ。
topカンバンを使う理由
カンバンの定義の中心にあるのはフローの概念である。フローとは、潜在的な価値がシステムを通じて移動することを指す。ほとんどのワークフローが価値を最適化するために存在するように、カンバンの戦略はフローを最適化することで価値を最適化する。価値の最適化とは、効果性、効率性、予測可能性の適切なバランスを追求することを意味する。
- 効果的なワークフローは、ステークホルダーが望むものを、望むタイミングで提供する
- 効率的なワークフローは、利用可能な経済資源をできるだけ最適に配分し、価値を提供する
- 予測可能なワークフローとは、許容できる不確実性の範囲内で価値の提供を的確に予測できることを意味する
カンバンの戦略は、これらの目標を追求するための継続的な改善の一環として、カンバンシステムメンバーが適切な問いを早い段階で投げかけるようにすることである。カンバンシステムメンバーは、これら3つの要素の持続可能なバランスを目指すべきである。本質的には、カンバンの戦略とは、トレードオフを理解し、リスクを管理することである。
カンバンは、ほぼすべてのワークフローで機能するため、その適用範囲は特定の業界や状況に限定されない。金融、公益事業、ヘルスケア、ソフトウェアなどのプロフェッショナルなナレッジワーカーが、カンバンのプラクティスから恩恵を受けている。カンバンは、価値を提供するほとんどの状況において、どんな規模でも使うことができる。
topカンバンの理論
カンバンは、システム思考、リーン原則、待ち行列理論(バッチサイズとキューサイズ)、変動(プロセスのばらつき)、品質管理といった確立されたフロー理論に基づいている。これらの理論に基づいてカンバンシステムを継続的に改善していくことは、組織が価値の提供を最適化しようとする手段のひとつである。
既存の価値指向なアプローチは、カンバンの基礎となる理論と共通点を持つ。こうした共通性から、カンバンはそれらの提供技法を補完するために活用でき、また活用されるべきである。
topカンバンのプラクティス
topワークフローを定義し可視化する
フローを最適化するためには、その状況におけるフローの意味を定義する必要がある。カンバンシステムメンバーが、その状況内で共有するフローの明示的な共通理解のことを「ワークフローの定義(DoW: Definition of Workflow)」と呼ぶ。DoWは、カンバンの基本概念である。本ガイドの他の要素はすべて、ワークフローがどのように定義されているかに大きく依存している。
少なくとも、カンバンシステムメンバーは以下の要素をすべて用いてDoWを作成する必要がある。
- ワークフローを移動する個々の価値単位の定義
これらの価値単位は、「作業項目(work item)」または、「項目(item)」と呼ばれる。
- ワークフロー内での作業項目の「開始(started)」と「終了(finished)」のタイミングの定義
作業項目によっては、ワークフローにひとつ以上の開始点や終了点がある場合もある。
- 作業項目が開始から終了までの間のフローを示すひとつ以上の状態の定義
開始点(started point)と終了点(finished point)の間にある作業項目は、「進行中の作業(WIP: Work in Progress)」とみなされる。
- 開始から終了までの間のWIPの制御方法の定義
- 作業項目が開始から終了までの各状態をどのように流れるかについての明示的なポリシー(Explicit policy)
- サービスレベル期待値(SLE: Service Level Expectation)
ひとつの作業項目がフローの開始から終了までにかかると見込まれる時間の予測のこと。SLE自体は、経過時間とその期間で終了する確率の2つの部分からなる(例:「85%の作業項目は8日以内に終了する」)。SLEは、過去のサイクルタイムに基づいて算出され、算出後はDoW上で可視化されるべきである。過去のサイクルタイムのデータが存在しない場合は、適切なSLEを算出するための十分な履歴データが集まるまで、最善の推測で代用することができる。
これらがすべて適用される限り、実装の順序は重要ではない。
カンバンシステムメンバーは、その置かれた状況に応じて、価値基準、原則、ワーキングアグリーメントなど、DoWの要素を追加で必要とすることがよくある。その選択肢は多岐にわたり、本ガイド以外にもどの要素を取り入れるべきかを判断するのに役立つ資料がある。
カンバンシステムメンバーが、複数のDoWを必要とすることもよくある。これらの複数のDoWは、複数のカンバンシステムメンバーによるグループ、組織の異なるレベルなどに対応することができる。本ガイドでは、DoWの最小数や最大数を規定していないが、カンバンシステムメンバーがフローと価値の実現を結びつける必要がある場合は、どこであってもDoWを確立することを推奨している。
DoWを可視化したものは、カンバンボードと呼ばれる。少なくともDoWの最小限の要素をカンバンボード上で透明化することは、最適なワークフローの実現につながる知識を整理し、継続的な改善を促進するために不可欠である。
可視化がどのような形式であるべきかについて、特に決まった指針はない。DoWのあらゆる側面(作業項目やポリシーなど)に加え、価値フローに影響を及ぼす可能性のあるその他の状況固有の要因を考慮する必要がある。どのようにフローの透明性を確保するかは、カンバンシステムメンバーの想像力以外に制限を受けない。
topワークフロー内の項目を主体的に管理する
ワークフロー内の項目は主体的に管理されなければならない。ワークフロー内の項目を主体的に管理するには、以下を含むいくつかの形式がある(ただし、これらに限定されない)。
- WIPを制御する
- SLEを参考にして、作業項目が不必要に古くならないようにする
- ブロックされている作業を解除する
カンバンシステムメンバーは、進行中の項目を定期的にレビューするのが一般的である。このレビューは、継続的または定期的に行うことができる。または、その両方を組み合わせて行うことができる。
カンバンシステムメンバーは、ワークフローの開始から終了までの作業項目の数を明示的に制御しなければならない。この制御は、カンバンシステムメンバーが適切と判断する任意の方法でカンバンボード上に表現できる。理想的には、システムは合意された制御範囲を超えたり下回ったりしない状態で運用されるべきである。
WIPを制御することによる効果のひとつは、プルシステムを生み出すことにある。カンバンシステムメンバーは、対応できる余力があるという明確な合図があるときにのみ、作業項目に着手すべきである(これを「プルする」または「選択する」と呼ぶ)。DoWで定められた制限をWIPが下回ったとき、それが新たな作業を選択してよい合図となりうる。カンバンシステムメンバーは、ワークフローの特定の場所において、WIPの制御を超える数の作業項目を選択するのは控えるべきである。
WIPを制御することは、ワークフローの改善に役立つだけでなく、多くの場合、カンバンシステムメンバーの全体的な集中力、確約(コミットメント)、コラボレーションを高めることにもつながる。WIPを制御する上で許容可能な例外は、DoWの一部として明示しておくべきである。
topワークフローを改善する
明示的なDoWが存在する前提で、カンバンシステムメンバーには、効果性、効率性、予測可能性のバランスをより適切にするために、ワークフローを継続的に改善していく責任がある。システムを継続的に観察し、検討することで、DoWの改善に向けた手がかりが得られる。
DoWを随時見直し、必要な変更を議論し、実施するのが一般的である。ただし、これらの変更を行うために、定期的な公式ミーティングを待つという決まりはない。カンバンシステムメンバーは、状況に応じて、ジャストインタイムに(適宜その場で)変更を加えることができるし、そうすべきである。また、ワークフローの改善は、必ずしも小さく漸進的でなければならないという決まりもない。カンバンシステムメンバーが大きな変更が必要だと感じたのであれば、それを実施するべきである。
topフロー指標
カンバンの適用には、最低限のフロー指標(flow metrics)を収集し、分析することが求められる。これらのフロー指標は、カンバンシステムの現在の健全性とパフォーマンスを反映し、どのように価値を提供するかを判断する上で役立つ。カンバンで追跡すべき4つの必須フロー指標は以下のとおりである。
- WIP: 開始しているが、まだ終了していない作業項目の数
- スループット(throughput): 単位時間あたりに終了した作業項目の数。スループットの計測は、作業項目の正確な数であることに注意
- 作業項目の年齢(Work Item Age): 終了していない作業項目の開始してから現在までの経過時間
- サイクルタイム(cycle time): 作業項目の開始してから終了までの経過時間
カンバンシステムメンバーは、本ガイドで示されているようにこれらの計測指標を使用する限り、これらの指標を他の名前で参照してもよい(例: サイクルタイムは、フロータイムと呼んでもよいし、スループットは、デリバリー率と呼んでもよい、など)。
これらの4つの必須となるフロー指標における「開始」および「終了」という用語は、カンバンシステムメンバーがDoWにおいてどのように定義したかに基づいて解釈するものである。
これらの計測指標は、それ自体では意味をなさないが、3つのカンバンプラクティスのいずれかに情報を提供できる場合は、意味をなす。これらの計測指標をどう活用するか(例: チャートで可視化する、ばらつきを評価する、など)は、カンバンシステムメンバーが決定する。
本ガイドに記載されているフロー指標は、カンバンシステムの運用に必要最低限のものにすぎない。カンバンシステムメンバーは、データに基づいた意思決定を支援するために、状況固有な追加の指標を用いることができ、また多くの場合、用いるべきである。
top最後に
カンバンシステムには、他の原則、方法論、技術を追加でき、また多くの場合、追加すべきである。しかし、価値の最適化を目指すという精神とともに、最低限のプラクティス、計測指標は保持されなければならない。
topカンバンの歴史
カンバンの現在の形は、トヨタ生産方式(およびその前身)や大野耐一、W. Edwards Demingといった人たちの仕事にまで起源をたどることができる。現在一般に「カンバン」と呼ばれているナレッジワークのためのプラクティスの集合体は、2006年にCorbis社のあるチームで始まったものである。これらのプラクティスは急速に広まり、現在では多様で国際的な大規模コミュニティによって継続的に強化され、進化し続けている。
top謝辞
長年にわたりカンバンの発展に寄与してくれたすべての人たちに加えて、本ガイドへの貢献に対して、特に以下の方々に感謝したい。
- Emily Colemanには、価値の定義を広げるという着想を与えてもらった
- Julia Wester、Colleen Johnson、Prateek Singh、Christian Neverdal、Magdalena Firlit、Tom Gilb、Steve Tendonには、初期ドラフトの査読において、鋭いインサイトを提供してもらった
2025年の改訂
- 意図を伝えるために、以下の用語に関して、本ガイドにおける用語の定義を設けた:
カンバン、カンバンシステム、ステークホルダー、価値、リスク、可視化
- 価値の実現は、顧客を含むがこれに限定されないステークホルダーに対して行われる可能性がある
- カンバンの定義を簡素化し、特にナレッジワークに関する文脈を明確にした
- サービスレベル期待値(SLE)をワークフローの定義のセクションに移動した
- WIPの制御方法をあまり明示しなくすることで、柔軟性を持たせた
- 複数のDoW、ばらつき、フローと価値の実現のつながりについて、より明示的にした
- 3つのプラクティスを簡素化した。また「(項目の)選択」という表現を頻繁に使うようにした
- 「カンバンの指標」を「フロー指標」という呼び方に変更した
- フロー指標における指標の名前に関する柔軟性について、より明示的にした
- カンバンの不変性に関する言及を削除した
以下は、日本語版固有の改訂である。
Activelyの訳を「能動的」から「主体的」に変更した
blocked workの訳を「妨害された作業」から「ブロックされている作業」に変更した
ライセンス
このガイドは、Orderly Disruption LimitedおよびDaniel S. Vacanti, Inc.によって、クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際のもとでライセンスされている。
This work is licensed by Orderly Disruption Limited and Daniel S. Vacanti, Inc. under a Creative Commons Attribution 4.0 International License.
翻訳について
本ガイドは、英語版からの日本語訳である。日本語訳は、長沢智治が担当した。
翻訳に関する連絡先: 長沢智治(nagasawa@servantworks.co.jp)
なお、本ガイドの翻訳査読は、以下の方々にお願いした:
斎藤紀彦、髙橋博実、仁藤慎平、梅林良太、菅原円、八巻智和(順不同敬称略)
用語集
英語 | 日本語 |
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Kanban | カンバン |
Kanban system | カンバンシステム |
Kanban system members | カンバンシステムメンバー |
Kanban board | カンバンボード |
stakeholders | ステークホルダー |
value | 価値 |
risk | リスク |
visualized | 可視化 |
visualization | 可視化 |
workflow | ワークフロー |
Definition of Workflow(DoW) | ワークフローの定義 |
work item | 作業項目 |
item | 項目 |
work in progress(WIP) | 進行中の作業 |
started | 開始 |
finished | 終了 |
pull system | プルシステム |
pull | プルする |
select | 選択する |
Service Level Expectation(SLE) | サービスレベル期待値 |
Explicit policies | 明示的なポリシー |
flow metrics | フロー指標 |
Throughput | スループット |
Work Item Age | 作業項目の年齢 |
Cycle Time | サイクルタイム |