カンバンガイド

オープン版カンバンガイド(ナレッジワーク向け)

バージョン:   v2025.7  (最新)

この「オープン版カンバンガイド」は、 カンバンガイド2025年5月版 をもとにした適応版であり、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)の下で提供されています。原典の著作権は、© 2019-2025 Orderly Disruption Limited, Daniel S. Vacanti, Inc.に帰属します。本ガイドでは、原典に一部改変を加えており、変更を含むすべての内容は、CC BY-SA 4.0の下で提供されています。斜体で示された一部の箇所は、© 2025 Orderly Disruption Limitedによるものであり、同ライセンスの下で提供されています。それ以外のすべての内容は、© 2019-2025 Orderly Disruption Limited, Daniel S. Vacanti, Inc.によるものであり、同様にCC BY-SA 4.0の下で提供されています。

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序文

このガイドは、カンバンとフローに関するオープン適応可能なガイダンスを提供することを目的としている。これは、さまざまなコミュニティから収集されたアイデアを基にしているそれぞれのコミュニティ独自のコンテンツに加えて、一貫性のあるリファレンスとして機能することを目指している。カンバンは、さまざまなアプローチによって補完することで、価値の提供や組織の課題に関する、ある程度幅の広いニーズに柔軟に適応できるようになる。

斜体フォントの使用は、このガイドの表紙に記載されたクリエイティブ・コモンズの表示要件をサポートするためのものであり、強調を目的としたものではない。また、単語の冒頭を大文字で始めることで、このガイドの付録に記載された慣例を示す。例えば、価値(Value)は顧客、エンドユーザー、意思決定者、組織、環境のニーズを満たすことを含む、ステークホルダーにとっての潜在的または実現された恩恵を指す

訳注: 冒頭大文字の語句は、用語一覧などを参照のこと

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ナレッジワークにおけるカンバンの定義

カンバンとは、あるシステムを通じて価値流れフロー)を最適化するための戦略である。それは、作業や在庫を必要なときに引き寄せるためのシグナリングシステムでもある。以下の3つのプラクティスが連携して機能する。

  • ワークフローを定義し可視化する
  • ワークフロー内の項目を主体的に管理する
  • フローを改善する

これらのカンバンのプラクティスを実装したものを、総称してカンバンシステムと呼ぶ。カンバンシステムの価値提供に参加する人たちを、カンバンシステムメンバーと呼ぶ。

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カンバンを使う理由

カンバンの理解の中心にあるのは、フローの概念である。カンバンシステムにおけるフローとは、価値がそのシステム内を移動することを指す。ほとんどのカンバンのワークフローが価値を最適化するために存在するように、カンバンの戦略はフローを最適化することで価値を最適化する。これは、効果性、効率性、予測可能性の適切なバランスを追求することを意味する。

  • 効果的なワークフローは、ステークホルダーが求めるもの求めるタイミングで提供する
  • 効率的なワークフローは、利用可能なキャパシティをできるだけ最適に配分し、価値を提供する
  • 予測可能なワークフローとは、許容できる不確実性の範囲内で価値の提供をある程度予測できることを意味する

カンバンシステムの戦略は、カンバンシステムメンバーが、これらの目標を追求するための継続的な改善の一環として、適切な質問を早期に行えるように支援する。カンバンシステムメンバーは、これら3つの要素の持続可能なバランスを目指すべきである。カンバンは、過剰な作業負荷(オーバーバーデン)を軽減し、利用可能なキャパシティに応じて作業結果が最適に提供されるように需要を管理する手段でもある。完璧な手段ではないが、継続的な改善と価値フローの最適化を促すものであるべきだ

副次的な恩恵としては、カンバンシステムメンバーの満足度の向上、品質の向上、需要への適応力の向上が挙げられる。優れたカンバンシステムは自己調整的であり、すなわち、介入なしにシグナルを発し、課題に応じて自ら調整を行うものである

カンバンは、ほぼすべてのワークフローを可視化できるため、その適用範囲は特定の業界や状況に限定されない。金融、ヘルスケア、ソフトウェアなどの分野で働くプロフェッショナルなナレッジワーカーが、カンバンのプラクティスから恩恵を受けている。カンバンは、価値を提供するほとんどの状況において使うことができる。

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カンバンの理論

カンバンシステムは、システム思考 (5)、リーン原則 (4)、待ち行列理論(バッチサイズ (6-7) とキューサイズ (1,13-14))、変動(プロセスのばらつき) (2,11)、品質管理 (1,8,10) といった、さまざまなアプローチや理解に基づいている。これらのアプローチや理解に基づいてカンバンシステムを継続的に改善していくことは、組織が価値の提供を最適化しようとする手段のひとつである。既存の多くの価値指向なアプローチは、カンバンの基礎となる考え方と共通点を持つ。こうした共通性から、カンバンはそれらの提供アプローチを補完するために活用できる。

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カンバンのプラクティス

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ワークフローを定義し可視化する

フローを最適化するためには、その状況において価値のフローの意味を定義する必要がある。ここでいう価値のフローとは、ステークホルダーにとっての潜在的あるいは(理想的には)実現された恩恵が、状況内で円滑に移動し、提供されることを指す。カンバンシステムメンバーが、その状況内で共有するフローの明示的な共通理解のことをワークフローの定義と呼ぶ。ワークフローの定義は、カンバンの基本概念であり、本ガイドの他の要素はすべて、ワークフローがどのように定義されているかに大きく依存している。

最適なワークフローの運用を実現し、継続的な改善を促進するために、少なくともカンバンシステムメンバーは以下のすべての要素を用いてワークフローの定義を作成する必要がある。

  1. ワークフローを移動する個々の価値単位の定義(これらは作業項目または項目と呼ばれる)
  1. 作業項目に応じて、少なくともひと組の一貫性のある「開始」点と「終了」点の定義
    • 作業項目が「開始」から「終了」までの間のフローを示すひとつ以上の状態の定義
    • たとえキューやバッファで待機している場合であっても、「開始」点と「終了」点の間にある作業項目は対象とみなす
      • 「開始しているが終了していない作業」(SNFW: Started but Not Finished Work) あるいは
      • 進行中の作業(WIP: Work in Progress / Process)
    • 「開始」から「終了」までの間のWIPの制御方法の定義
    • 作業項目が 「開始」から「終了」までの各状態を欠陥なく、どのように流れるかについての一連の明示的なポリシー
      例えば、カンバンシステムメンバーが、「既知の欠陥を修正しない限りは項目を次の状態に移してはならない」というポリシーを明示していれば、既知の欠陥が後続のプロセスに渡ることはない
    • サービスレベル期待値(SLE: Service Level Expectation)
      ひとつの作業項目フローの「開始」から「終了」までにかかると見込まれる時間の予測のこと
      過去に起きたことが、今後も同じように起きるとは限らない点に注意すること
    • カンバンボード上におけるサービスレベル期待値可視化

これらがすべて実装されている限り、実装の順序は重要ではない。カンバンシステムメンバーは、カンバンシステムメンバーの置かれた状況に応じて、価値基準、原則、ワーキングアグリーメントなど、ワークフローの定義の要素を追加で必要とすることがよくある。その選択肢は多岐にわたり、本ガイドの付録やその他の資料には、どの要素を取り入れるべきかを判断するのに役立つ

カンバンシステムメンバーが、複数のワークフローの定義を必要とすることもよくある。これらの複数のワークフローの定義は、複数のカンバンシステムメンバーによるグループ、組織の異なるレベルなどに対応することができる。本ガイドでは、ワークフローの定義の最小数や最大数を規定していないが、カンバンシステムメンバーがフロー価値に結びつける必要がある場合は、どこであってもワークフローの定義を確立することを推奨している。

フローを可能にするとは、価値を生み出すために、システムを円滑かつバランスの取れた状態に整える行為である。ワークフローの定義では、価値フローを最適化できるようにシステムのバランスを確保する必要がある。カンバンシステムメンバーは、価値が提供されたことを検証する方法を改善し、価値を生まない作業を取り除くことで、それを実現する

ひとつ以上ワークフローの定義可視化したものが、カンバンボードとして説明される可視化がどのような形式であるべきかについて、特に決まった指針はない。ワークフローの定義のすべての側面(作業項目やポリシーなど)に加え、価値フローに影響を与える可能性のあるその他の状況固有な要因を考慮する必要がある。

例えば、ソフトウェアチームでは、カンバンがアイデアからデプロイまでのフィーチャー開発を可視化する場合がある。マーケティングチームでは、キャンペーンのデザインからローンチまでを追跡するために使われる場合がある

カンバンシステムメンバーがフローどのように可視化するか、また、適切なタイミングで適切な人と意図的かつ目的を持った対話をどのように促すかについて制限を受けるのは、カンバンシステムメンバーの想像力によってのみである。無駄が見えないままにならないよう、ワークフローの各ステップを可視化することが推奨される

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ワークフロー内の項目を主体的に管理する

ワークフロー内の項目は主体的に管理されなければならない。ワークフロー内の項目を主体的に管理するには、以下を含むいくつかの形式がある(ただし、これらに限定されない)

  • 「開始しているが終了していない作業(SNFW)」または、進行中の作業(WIP)を制御する
  • サービスレベル期待値(SLE)を参考にして、作業項目が不必要に古くならないようにする
  • ブロックされている作業やプロセスを引き起こしている障害物を解消する

カンバンシステムメンバーは、進行中の項目一定の頻度でレビューするのが一般的である。このレビューは、継続的または定期的に行う。カンバンシステムメンバーは、「開始」から「終了」までの作業項目の数を、明示的に、直接的または間接的に制御しなければならない。この制御は、カンバンシステムメンバーが適切と判断する任意の方法でカンバンボード上に表現できる。

ナレッジワークにおけるカンバンでWIP制限(16)が用いられているのは、需要がチームのキャパシティを上回る可能性があることを示している場合が多い。そのため、WIP制限(16)は、作業項目のフローを調整し、バランスを保ち、過負荷を防ぐために用いられる

これに対して、トヨタのジャストインタイム(JIT)によるプルシステムは、需要が供給を上回ることを防ぐ仕組みである。前の要請が処理されるまでは、次の要請には対応しないため、これは自己制限的あるいは自己調整的なシステムであり、実際の顧客需要と生産の同期を図り、安定的かつ予測可能な製造環境における在庫の最小化を目的として設計されている

必要なものを、必要なときに、必要なだけ作ること——ジャストインタイム——これこそがトヨタ生産方式の礎である。トヨタ生産方式における「かんばん方式」は、必要なものを必要なときに正確に引き取る仕組み(プルシステム)である

ナレッジワークにおいては、カンバンシステムメンバーは、対応できるキャパシティに余力があるという明確な合図があるときにのみ、(選択した)項目に着手すべきである。ワークフローの定義で定められた制限をWIPが下回ったとき、それが新たな作業を選択してよい合図となりうる。カンバンシステムメンバーは、ワークフローの特定の場所において、WIPの制御を超えて作業を選択したり、自身のキャパシティを超えて作業を選択したりすることは控えるべきである。必要に応じて、作業をより小さく、それでも価値が見込まれる項目に分割すべきである

まだ進行中ではない作業項目の保管場所、つまりいわゆるバックログを持たなければならないことはない。バックログは進化的に形成されるものであり、作業の準備に関するさまざまなステージや側面を含むことがある。もし、バックログがある場合でも、それがリスト形式である必要も、並び順がある必要もない

理想的には、作業は個人に配分するのではなく、方針に基づいてカンバンシステムで扱うべきである。人の手待ち時間に着目するのではなく、滞留している作業に着目し管理することを目指す

  • カンバンシステムメンバーは、作業やワークフローの定義を中心に自己組織化されるべきである
  • カンバンシステムメンバーは、作業の準備ができたときに「開始」すべきであり、優先順位に基づいて新たな作業に取り組むべきである
  • カンバンシステムメンバーおよびその外部にいる関係者は、作業がカンバンシステムメンバーにプッシュされることを、明示的に防がねばならない
  • 「開始しているが終了していない作業(SNFW)」や進行中の作業(WIP)の優先順位の変更には注意が必要である。そうした変更は、項目が放置され経過時間が長くなり(待機状態になり)、「開始」から「終了」までの所要時間が長くなる、あるいは予測しづらくなる原因となる

適正サイズ化は、任意ではあるが推奨されるプラクティスである。これは、作業項目がサービスレベル期待値に適合しているか、または大きすぎるために、より小さく、それでもなお価値が見込まれる作業項目へ分割する必要があるかどうかを評価することである

ナレッジワークの文脈における適正サイズ化は、作業項目は(カンバンシステムメンバーが定めた)最大サイズを超えないことを前提としている。ただし、すべての作業項目が同じサイズである必要はない。作業項目が非常に大きく、合理的な期間内に完了できない場合(例えば、サービスレベル期待値を超えるような場合)、たとえ作業の開始後であっても、カンバンシステムメンバーは、その作業項目をいずれも価値を提供しうる可能性をもった小さな項目に分割することを検討すべきである。同様に、作業項目を統合することも可能である

キャパシティの管理には、WIPの制御だけでは不十分なことも多い。WIPを制御することはフローの改善に役立つだけでなく、多くの場合、全体的なカンバンシステムメンバーの集中力、確約(コミットメント)、コラボレーションの向上にもつながる。WIPを制御するうえで許容可能な例外は、ワークフローの定義の一部として明示的に記述しておくべきである。

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フローを改善する

明示的なワークフローの定義が存在する前提で、カンバンシステムメンバーには、効果性、効率性、予測可能性のバランスをより適切にすることで、自らのフローを継続的に改善していく責任がある。システムを継続的に観察し、検討することで、改善に向けた手掛かりが得られる。カンバンシステムメンバーは、しばしばワークフローの定義を見直し、必要な変更について議論し、それらを適用する

改善は、しばしばジャストインタイムで行われる。改善とはその規模や範囲によって制限されるものではない。ときに、改善はカンバンシステムメンバーの制御や影響力の範囲を超えることもある。意図的かつ目的を持った対話、変化を後押しする姿勢、そしてあらゆるレベルでブロックされている要因を取り除くこと——これらが改善にとって重要である

さらに望ましいのは、リーダーシップを発揮する人たち、すなわちリーダーが、現場に足を運び、耳を傾け、実際に理解したうえで、意思決定のための事実を収集することである。これは「現地現物(Genchi Genbutsu)」として知られている。リーダーは、この現地現物を繰り返し行うことで、実態が浮き彫りになる。何をすべきかを知っていることと、意図的で、根気強く、反復的で、思いやりのある改善行動(短いフィードバックループを含む)を取り続けることとは、まったく別物である

カンバンは漸進的な変化を支持するが、エビデンスと明確な理解に基づくより大きな構造的な変化を禁じているわけではない。変化は、目的を持ち、状況に即したものであるべきである

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適切な指標や計測指標を活用したフローの最適化

  • 終了した項目におけるブロックされている経過時間(BETFI: Blocked Elapsed Time for Finished Items): 単一の「終了」した作業項目(または複数の「終了」した項目の集合)について、「開始」から「終了」までの間にブロックされている状態にあった累積時間。ただし、キューやバッファの状態にあった時間は含まないものとする。[単一の項目の場合は指標であり、複数項目の場合は計測指標である]
  • 累積キュー / バッファ時間(CQBT: Cumulative Queueing or Buffer Time): 単一の「終了」した作業項目(または複数の「終了」した項目の集合)が、「開始」から「終了」までの間に、キューやバッファの状態にあった累積時間。[単一の項目の場合は指標であり、複数項目の場合は計測指標である]
  • 「開始」から「終了」までの経過時間(ETSF: Elapsed Time from Started to Finished): 単一の作業項目が「開始」されてから「終了」するまでに経過した単位時間数(通常は暦日(日数)で計測し、端数は切り上げられる)。ETSFは、「終了」した項目に対してのみ適用されるものとする。[指標]
  • フロー分布(Flow Distribution): 作業項目のタイプ別に「終了」または「完了」した項目を可視化し分析することで、時間の経過に伴う傾向を把握する。これにより、労力の健全なバランスを維持するための主体的な管理が可能になる。[計測指標]
  • フロー効率: ワークフローにおける「開始」から「終了」までの間に、項目または複数項目の集合が費やした総時間に対する実際に作業した時間の割合。待機時間なども含めた全体の時間を母数とする。パーセンテージで表現されるが、注意が必要である。なぜなら、進行中を示す状態にあった時間が、必ずしも実際に作業していた時間とは限らないからである[計測指標]
    計算式: ((ETSF − (CQBT + その他の付加価値を生まない時間)) ÷ ETSF) × 100
    例: その他の付加価値を生まない時間 = 終了した項目におけるブロックされている経過時間(BETFI)
  • ブロックされている要因の数(Number of Blockers): 「開始」から「終了」までの作業項目のフローを妨げている(部分的または完全な)障害物の数。ある時点(通常は、現在日時)で計測される。[指標]
  • プロセスサイクル効率: システム全体またはその一部における作業効率を計測する指標。付加価値を生み出す時間(Value-adding time)を市場に出すまでの時間(T2M: Time to Market)で割り、100をかけてパーセンテージとして算出する。これはカンバンシステムメンバーが、すべての付加価値を生み出す時間と、すべての付加価値を生み出さない時間(待ち時間を含むが、それに限らない)を計測しなければならないことを意味する。[指標]
    計算式: ((T2M − (CQBT + その他の付加価値を生み出さない時間)) ÷ T2M × 100)
  • サービスレベル期待値(SLE): ひとつの作業項目がフローの「開始」から「終了」までにかかると見込まれる時間の予測値。サービスレベル期待値 自体は経過時間とその期間で終了する確率の2つの部分からなる(例: 「85%の作業項目は8日以内に『終了』する」)。この値は、「開始」から「終了」までの経過時間に関する、過去すべて、または一部の履歴データに基づいて算出される。データが存在しない、あるいは不十分な場合は、経験的な推定によって設定する[指標]
  • 「開始しているが終了していない作業(SNFW)」 または、進行中の作業(WIP): 「開始」しているがまだ「終了」していない作業項目の数[指標]
  • スループット: 単位時間あたりに「終了」した作業項目の数。スループットの計測は、作業項目の正確な数であり、収益ではない[指標]
  • 市場に出すまでの時間、またはカスタマーリードタイム: ひとつの作業項目がステークホルダーから要請を受けてから、その作業項目がステークホルダーに届くまでの経過時間の単位時間数(多くの場合、暦日(日数)または週単位で計測し、通常は端数は切り上げられる)。これはETSFの一例である。[単一作業項目に対しては指標、プロダクトやサービス全体に対しては計測指標]
  • 作業項目の年齢の合計(TWIA: Total Work Item Age) または 「開始」しているが「終了」していない項目に対する経過時間(TETSNFI: Total Elapsed Time for Started but Not Finished Items): すべての進行中(「開始」しているがまだ「終了」していない)作業項目について、「開始」された時点から特定の日時(通常は現在日時)までの総経過時間。[計測指標]
  • 作業項目の年齢(WIA: Work Item Age) または 「開始」しているが「終了」していない項目の経過時間(ETSNFI: Elapsed Time for Started but Not Finished Items): ひとつの「終了していない」作業項目について、「開始」した日時から特定日時(通常は現在日時)までの経過時間の単位時間数(多くの場合、暦日で計測し、通常は切り上げられる)比較的古い項目に対応することで、フィードバックループを短縮し、フローが改善される[指標]

フローの計測指標や指標は、カンバンシステムメンバーがワークフローの定義で定めた適切な「開始」点と「終了」点に適用されるものである。「開始」点と「終了」点が複数存在する場合、いくつかのフローの計測指標や指標は、それぞれのひと組の「開始」と「終了」に適用されることがよくある。

カンバンシステムメンバーがどこから始めればよいかわからない場合、本ガイドは次のように提案する

市場に出すまでの時間や、一貫性のあるひと組の「開始」と「終了」に対して、以下のような指標が適用できる

  • (少なくともひと組の「開始」と「終了」に対して必要となる)サービスレベル期待値
  • 作業項目の年齢、または「開始」しているが「終了」していない項目の経過時間(ETSNFI)
  • 「開始」から「終了」までの経過時間(ETSF)
  • スループット

カンバンシステムメンバーが、本ガイドで示されているようにこれらのフローの計測指標や指標を使用し、かつそれが文脈に適している限り、それら計測指標と指標を他の名前で呼んでもよい。これらのフロー計測指標や指標をどのように使用するか(例えば、チャートで可視化する、ばらつきを評価するなど)は、カンバンシステムメンバーが決定する。アウトカム、インパクト、価値に積極的に注力することが望ましい。

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アウトカム、インパクト、価値

カンバンシステムメンバーは、アウトカムやインパクトのエビデンスを定期的に探すべきである。以下はその例である

  • 顧客アウトカムは、顧客に対して計測可能な価値を提供することに焦点を当てるものである(例: 失敗需要の削減、顧客の長期的なコストの削減、顧客の抱える課題への対応(18)など)
  • ユーザーアウトカムは、問題の解決や体験の改善、ユーザー行動の具体的な変化を示すものである(例: 作業項目を「完了」するための効率向上と低コスト化、あるいは使いやすさの向上など)
  • プロダクトステークホルダーのアウトカムは、ユーザーの行動変容とプロダクトのパフォーマンスに関する計測指標とを結びつけるものである(例: プロダクトの顧客による採用、継続利用、顧客体験の向上、フィーチャーの使用傾向、意思決定者やユーザーに関する計測指標、プロダクトの市場に出すまでの時間など)
  • ビジネスステークホルダーのインパクト(例: コンプライアンス、ビジネスの長期的なコスト削減、ビジネス結果、市場シェアの傾向、すべてのプロダクトにわたる顧客満足度など)
  • カンバンシステムメンバーにとってのアウトカムには、能力の向上が含まれる(例: 心理的フロー(15)、リリース頻度、ツール、スキル、技術的負債、ユーザー体験(UX)に関する負債、顧客体験(CX)に関する負債、人間中心設計に関する負債、技術ドメインの能力、市場ドメインの能力、ビジネスドメインの能力、全体的な改善のための風土や文化などを考慮する)

上記のいずれのアプローチも有用である。加えて、次の点についても考慮すべきである。

  • 失敗需要(Failure Demand)(17): 何かを行わなかった、あるいは適切に行わなかったことによって顧客に生じる需要。これは改善の可能性を示すシグナルであり、過去の失敗、不適切な作業、誤った意思決定によって能力が浪費されている箇所を明らかにする。例えば、カスタマーサポートチームが不明確な請求手順により問い合わせが頻発するような場合が該当する。 [計測指標]
  • 価値を検証するまでの時間(Time to Validated Value) または 価値実現までの時間(Time to Value)アウトカムまでの時間(Time to Outcome): ステークホルダーから作業項目の要請を受けてから、その価値が検証されるまでの経過時間の単位時間数(多くの場合、暦日や週単位で計測され、通常は切り上げられる)これは、価値のある計測可能なアウトカムに焦点を当てたETSFの一例である[指標]
  • 妥当な価値(Value Validated): 「終了」点に到達し、ステークホルダー(顧客やユーザーを含むがそれに限定されない)に意図した価値を提供している作業項目。これは品質や体験に関する基準など、明示的なポリシーを満たしており、多くの場合、エビデンスや観察結果を伴う。
  • 不適切な価値(Value Invalidated): 「終了」点に到達したか、そう見なされたが、意図した価値を提供できなかった作業項目。これはワークフローの定義で示された価値に応えておらず、エビデンスや観察結果に基づき、手戻りや却下が必要になることが多い。状況に応じて判断すること。

このようなアウトカム、インパクト、価値に関する計測指標や指標を計測することで、カンバンシステムメンバーは、単に作業結果(アウトプット)を迅速に提供しているだけでなく、ステークホルダー(顧客やユーザーを含むがそれに限定されない)に対して、実際の価値や改善(アウトカムやインパクト)を提供することを裏付けられる

作業項目の明確化と理解は、無駄を取るために、ジャストインタイムで行うべきである。アウトプットに偏重し、アウトカムへの注力が不足するのを避けること。カンバンシステムメンバーは、これらの計測指標や指標を積極的に、意図的に、目的を持って、定期的に見直し、継続的に改善すべきである

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最後に

カンバンのプラクティス、最小限の基準としてのワークフローの定義、計測指標や指標の選定だけが必須であり、それ以外はすべて任意であり状況に応じて判断すること。カンバンシステムメンバーは、人間性を尊重した価値のフローを育むべきである

結果からのフィードバック(「結果フィードバック」)とは、何らかの変更を加えたあとに得られるデータを指す。これには、アウトカム、インパクト、さらには市場環境の変化に関する定量的あるいは定性的な情報が含まれる。このフィードバックは、今後のステークホルダーにとっての価値あるアウトカムだけでなく、それに関するインプット、労力、リソース、コストにも影響を与える可能性がある(※ 人は「リソース」ではない)

実践において、カンバンとは継続的な学習と適応の過程である。これらの基本となるプラクティスから始め、継続的に改善していくことで、カンバンシステムメンバーは価値のフローを持続的に向上させることができる。カンバンシステムメンバーは、まずはシンプルに始め、学びながら自らのカンバンシステムを進化させていくべきである

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カンバンの歴史

カンバンの現在の形は、トヨタ生産方式(およびその前身)や大野耐一 (9) をはじめとする人たちの仕事にまで起源をたどることができる。現在一般にカンバン (12) と呼ばれているナレッジワークのためのプラクティスの集合体は、2006年にCorbis社のあるチームで始まったのが主な起点である。これらのプラクティスは急速に広まり、現在では多様で国際的な大規模コミュニティによって継続的に強化され、進化し続けている。

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謝辞

ここで謝辞を述べている方々が、本ガイドの内容すべてにおいて同意しているとは限らないが、それでも構わない。それでもなお、オープン版カンバンガイドは以下の方々に多大な感謝の意を表したい

  • カンバンの発展に寄与してくれたすべての人たち——名前を挙げられることを望まなかった人たちも含む
  • カンバンガイドの2020年7月版または12月版の査読者: Jean-Paul Bayley、Jose Casal、Colleen Johnson、Todd Miller、Eric Naiburg、Steve Porter、Ryan Ripley、Dave West、Julia Wester、Yuval Yeret、Deborah Zanke
  • カンバンガイドの2025年5月版の査読者: Magdalena Firlit、Tom Gilb、Colleen Johnson、Christian Neverdal、Prateek Singh、Steve Tendon、Julia Wester
  • オープン版カンバンガイドの査読者: Jim Benson、Andy Carmichael、Jose Casal、Magdalena Firlit、Michael Forni、Martin Hinshelwood、Christian Neverdal、Nader Talai、Steve Tendon、Nigel Thurlow
  • 影響を受けた人物: Russell L. Ackoff、Jim Benson、Andy Carmichael、Emily Coleman、John Cutler、W. Edwards Deming、Dominica DeGrandis、Tom Gilb、Joseph M. Juran、Siegfried Kaltenecker、Henrik Kniberg、Klaus Leopold、John Little、Troy Magennis、Taiichi Ohno、Donald G. Reinersten、Sam L. Savage、Walter Shewhart、Nader Talai、Steve Tendon、Nigel Thurlow、Donald J. Wheeler
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翻訳について

本ガイドは、英語版からの日本語翻訳である。日本語翻訳は、長沢智治が担当した。

  • 翻訳に関する連絡先: 長沢智治(nagasawa@servantworks.co.jp)

なお、本ガイドの翻訳査読は、オープンなコミュニティにより行われた。

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付録

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進行中の作業を制御する、すなわち「開始しているが終了していない作業」を制御する

「開始しているが終了していない作業(SNFW)」を制御すること、もしくはWIPの制御とも呼ばれることは、カンバンシステムメンバーが適切と見なす方法でカンバンボード上に表現できる。例えば、ペインターテープで印をつける、作業項目の年齢の合計(TWIA)、「開始している」が終了していない項目の経過時間の合計(TETSNFI)、キューの制御、WIPの制御数、WIPの制御範囲などがある。

CONWIP(16)、簡易DBR(16)、DBR(16)など、一部のコミュニティに支持されているカンバン以外の任意の選択肢も存在する

  • CONWIP(一定のWIP数: Constant WIP)(16): CONWIPとは、ワークフロー全体にわたって「開始しているが終了していない作業(SNFW)」または進行中の作業(WIP)の総数に制限を設けるプルシステムのことである。「終了」または「完了」した項目がワークフローから出るときにのみ新しい作業を「開始」し、システム全体に設定された単一の制約によってフローを制御する。例えば、ソフトウェアサポートチームが常に最大15件の未解決チケットまでしか対応せず、あるチケットを解決したタイミングで新しいチケットの対応を「開始」する場合などが該当する。この仕組みをすべての人が支持しているわけではない。
  • DBR(ドラム ー バッファ ー ロープ: Drum-Buffer-Rope)(3,16): DBRは、フロー制約の前やシステムの出口にバッファを設けることで、フロー制約を管理する高度なアプローチである。複雑なシステムにおいてスループットを最大化しつつ、ばらつきから保護することを目的とする。例えば、あるプロダクト開発グループでは、UXレビュー(主たるフロー制約)がペースメーカー(ドラム)として進行のペースを決定し、その前に設けられたデザインのバッファや法務承認の前に設けられた第二のバッファによって過負荷を防ぐ。その両方のバッファに空きがあるときにのみ、新しい作業を開始する。この仕組みをすべての人が支持しているわけではない。
  • フロー制約(Flow Constraint)(16): ワークフローの定義の中でキャパシティが最も小さいボトルネックのこと。ボトルネックは複数存在しうる(いずれも需要に対してキャパシティが不足している)が、その中で最も制限的なものがフロー制約である。これは、カンバンシステム全体のスループットを制限し、価値提供のペースを決定する。例えば、ソフトウェア開発チームにおいて、テストに最も時間がかかり、それがフィーチャーのリリースを制限している場合、テストがシステム全体のペースを決めるフロー制約となる。ナレッジワークにおいては、ボトルネックが不安定に振る舞い、ワークフロー内を予測不可能な形で移動することがよくある。ただし、ボトルネックが固定されることもある。
  • 簡易DBR(Simplified DBR)(3,16): カンバンシステムのスループットによってワークフローのペースを決定し、スループットがCONWIPのような補充の合図として機能する簡易的なスケジューリング手法。例えば、簡易DBRを採用しているカンバンシステムがあり、ワークフローの定義上、最大15件の項目を扱えるとする。そのうち、12件が進行中(ドラム)で、残り3件がすぐに開始できる準備ができており、バッファである。この構成により、12件の進行中の項目のうち、いずれかに問題が発生した場合でも、バッファから項目を引いてくることで円滑なフローが維持される。例としては、13件が進行中で2件が予備の状態になるように調整するなどがある。ロープは、項目を完了した際に補充を促す合図として機能し、全体で15件という上限を超えないように制御する。また、バッファが枯渇した場合には、フローを維持するために優先してバッファの補充が行われる。この仕組みをすべての人が支持しているわけではない。
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カンバンシステムメンバーがどの作業項目を「開始」するかを優先順位づける必要がある場合

以下は、すべてのコミュニティが支持しているわけではないが、一部のコミュニティで採用されているカンバン以外の任意の技法である

  • サービスクラス(Class of Service)(21): ひとつまたは複数の作業項目に対する典型的な分類のこと。例えば、標準、(実際に意味のある)固定日、緊急対応、無形などが挙げられる。サービスクラスの選択は、相対的な価値、リスク、または遅延コストとして見なされるものを反映することがある。サービスクラスは、キャパシティに余力があるときに、次にどの項目(または複数の項目)を「開始」するかを判断するための情報としては有用であるが、進行中の作業項目の優先順位を入れ替える手段として用いるのは、(フローに悪影響を及ぼすため)望ましくない。誤って適用されると、カンバンシステムに過負荷をもたらしやすく、例えば、「緊急対応レーン」がやがて「超緊急対応レーン」に置き換えられ、事態が滑稽なものになることもある。適切に適用していたとしても、フローの不均衡を招きやすい。
  • (単位時間あたりの)遅延コスト(Cost of Delay(per unit of time))(7): ひとつまたは複数の項目に対して、単位時間ごとに失われる価値の割合のこと。遅延による損失(Delay Cost)とは明確に区別すべきだ。キャパシティに余力があるときに、次にどの項目(または複数の項目)を「開始」するかを判断するための情報として有用なことが多いが、進行中の作業項目の優先順位を入れ替える手段として用いることは、(フローに悪影響を及ぼすため)望ましくない。他の多くの優先順位づけの情報と同様に、この数値はしばしば経験的な推測に基づくが、事後的に実際の値として把握されることもある。例えば、ある作業項目の遅延コストが週あたり1万ドルであるといった場合である。カンバンシステムメンバーは、このアプローチを検討する際には慎重になるべきである。
  • データに基づく適正サイズ化(Data-informed Rightsizing)(24-25): 他の選択肢よりも効果的な場合もある。なぜなら、カンバンシステムメンバーは事前に必要な作業量や価値を把握しているとは限らないからである。このアプローチは、より柔軟で機会を活かした判断を可能にする。
  • 遅延による損失(合計)(Delay Cost(total))(7): 特定の遅延期間において、ひとつまたは複数の項目から発生する一定期間にわたる累積的な損失を合計したもの。実際の値である場合もあれば、予測値である場合もあり、どちらを指しているのかを明確にすることが重要である。例えば、ある作業項目の単位時間あたりの遅延コストが週あたり1万ドルで3週間遅延した場合、遅延による損失は合計で3万ドルとなる。
  • インパクト見積もり表(IET: Impact Estimation Table)(22): ステークホルダーの期待値や制約と照らし合わせて選択肢を評価するための手法。
  • 機会費用(Opportunity Cost): 限られたキャパシティの中で、ある作業項目(または複数の作業項目)に取り組むことを選択した結果、他の潜在的に価値のある作業項目に取り組めなくなることで失われる価値や恩恵のこと。これは、カンバンシステムにおいてキャパシティの範囲内で優先順位づけを行う際に生じるトレードオフを反映している。ひとつまたは複数の作業項目に注力するということは、他の価値をもたらしうる作業項目を見送ることを意味するためである。カンバンシステムメンバーは、機会費用を定量化するために、遅延コストや遅延による損失といった計測指標を用いることが多い。ただし、価値や機会費用は予測が困難であり、場合によっては予測不可能なこともあるため、このアプローチを試みる際には慎重になるべきである。
  • ランダム(Random): 作業量や価値が事前にはわからない場合において、他の選択肢より効果的なことがある。
  • リアルオプション(Real Options)(23): 意思決定を価値があり有効期限のある選択肢として扱い、柔軟性を最大化しリスクを管理するために、十分な情報が得られるまで確約(コミットメント)を先送りにすること。
  • リスク重視(Risk): 最もリスクの高い項目から着手すること。リスクには、価値を得られない可能性も含まれる。
  • 最短作業優先(SJF: Shortest Job First)(24-25): 最も作業量が少ないと見なされる作業項目を選択し、他の作業項目よりも適正サイズの作業項目を優先する方法。この方法は、フィードバックループを短縮し、より迅速なアウトカムにつながる可能性がある。ただし、よりサイズが大きく、リスクの高い作業項目の「開始」が遅延する原因にもなりうる。
  • スラック(Slack)(19): スラックとは、需要の急増、予期しない作業、あるいは想定外の事態の発生に対応するために、システム内にあえて未稼働のキャパシティを残しておくことである。知識活動におけるカンバンの文脈では、スラックとは、ばらつきを吸収したり、突発的な中断に対処したり、継続的な改善を実現したりするために、カンバンシステムのスループットを損なうことなく、ワークフローの定義内で意図的にキャパシティや時間に余裕をもたせる方針やその配分を指す。例えば、カンバンシステムメンバーが「開始しているが終了していない作業(SNFW)」や「進行中の作業(WIP)」をキャパシティの80%に制限することでスラックを確保し、計画した作業を遅延させることなく、緊急対応やプロセス改善に時間を割けるようにすることがある。スラックは、リーンにおける重要な概念である。
  • 価値 ÷ 作業量(Value divided by Effort): 見積もった価値(通常は経験に基づく推測)を、見積もった作業量(これも通常は経験に基づく推測)で割ったもの。実際の作業量と価値は往々にしてランダムである。このアプローチを検討する際には、カンバンシステムメンバーは慎重になるべきである。必要に応じて、リスクも考慮すること。
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ナレッジワークにおける用語

  • バッファ(Buffer) (16): バッファとは、一時的な作業を保持してフローを円滑にし、過負荷を防ぐためのWIP制限(あるいは「開始しているが終了していない作業」の制限)のあるエリアである。また、WIPが制御されたキューとしても機能する。ただし、スラックとは混同しないこと。バッファを取り入れない選択肢もある。カラム(列またはステップ)が増えることで「開始しているが終了していない作業(SNFW)」やWIP(進行中の作業)の総量が増える可能性がある。
  • ワークフローの定義(Definition of Workflow): カンバンシステムメンバーが、その状況下で共有するフローに関する明示的な共通理解のこと。これには、ワークフロー内のそれぞれのステージで作業項目をどのように選定し、進行し、「終了」するのかを記述した一連の明示的な合意事項およびポリシーが含まれるが、これに限らない。
  • 明示的なポリシー(Explicit policy): カンバンシステムにおける明示的なポリシーとは、作業項目を「開始」するタイミングや移動する条件など、ワークフローに関する前提をカンバンシステムメンバーに対して明確に示すものであり、可視化されたルールや指針のことでもある。これらのポリシーは、カンバンボード上で可視化され、カンバンシステムメンバー全員が容易にアクセスできるようにすべきである。これにより、同じプロセスを理解し、遵守できるようになる。ポリシーを明示することで、カンバンシステムメンバーは曖昧さを減らし、行動の整合性を保ち、価値のフローの最適化を推進する。
  • 「終了(Finished)」(または「完了(Completed)」): ワークフローの定義における「開始」と「終了」のひと組において、「開始」から「終了」までの経過時間の計測を止めるタイミングのこと。
  • フロー(Flow): ワークフローの定義を通じて、作業項目を(理想的に円滑に)移動し、提供すること。バランスの取れたカンバンシステムは、スループットを持続的に維持する。理想的な世界では、システムに投入された作業(ナレッジワーク)は、川の流れのように決して止まることはなく、最小の抵抗経路を見つけながら顧客に届くまで流れ続ける。ワークフローの定義(DoW)とは混同しないこと。カンバンにおいては、フローはリソースの稼働率よりも重要である。
  • カンバン(kanban): カンバン(日本語で「看板」の意)とは、作業項目を選択し、「開始」し、移動するための視覚的な合図のこと。カンバンによる合図がない限り、作業を始めたり、移動させたりするべきではない
  • カンバン(Kanban)またはカンバンシステム(Kanban system): 本ガイドで述べられている一連の概念全体のこと。カンバンは、作業や在庫を呼び出すための仕組み(生産システムにおけるシグナリングシステム)という考え方に根ざしている本ガイドでカンバンと記されている場合は、カンバンシステムを指すものと見なす
  • カンバンボード(Kanban Board): ひとつ以上のワークフローの定義を視覚的に表現したもの。
  • ナレッジワーク(Knowledge Work): 情報を創造し、活用し、管理しながら、しばしば複雑な問題を解決したり、意思決定を行ったり、イノベーションを起こしたりするための認知的なプロセスのこと。通常、専門知識、判断力、コラボレーションが求められる。ナレッジワークやそれに伴う無駄はたいていは目に見えないものである。
  • 反復的またはイテレーティブ(Iterative): 作業項目は繰り返しのサイクルで進められ、それぞれのサイクルにおいてフィードバック、テスト、新たなインサイトに基づいて同じ作業を見直し、洗練させていく。カンバンは、本質的に創造的で反復的な作業に適していないというわけではないが、そうした作業に用いるには十分な配慮や工夫が求められる場合がある。
  • JIT(ジャストインタイム): トヨタのジャストインタイム(Just-in-Time)—— 必要なものを、必要なときに、必要な量だけを生産することで、無駄を最小限に抑え、効率を最適化する手法。
  • 指標(Measure): 指標とは、単一の量を表す生の単位固有のデータポイントである。例えば、「今週完了した作業項目の数」や「その作業項目を完了するのにかかった時間」などが該当する。これらはフローのパフォーマンスを継続的に把握するための基本的な情報として機能する。
  • 計測指標(Metric): 計測指標とは、ワークフローのパフォーマンスを把握するために、ひとつ以上の指標から導き出される定量的な算出結果のこと。例えば、「平均スループット」や「週ごとのスループット」などが該当する。例: カンバンシステムメンバーが、10件の作業項目の完了にかかった合計時間を作業項目の数で割って、「開始」から「終了」までの平均経過時間を4日と算出した場合、それが計測指標となる。
  • プル(Pull): キャパシティに余力があるときにのみ作業を選択すること。その作業がワークフローの定義により「開始している」か「開始していない」かは問わない。この選択はカンバンシステムメンバーによって行われ、過負荷を防ぐ。理想的には、顧客からの直接的または間接的な合図によって引き起こされる。
  • プッシュ(Push): 作業を「開始」するための現在のキャパシティや準備状況を考慮せずに、カンバンシステムメンバーに作業が分配されたり、カンバンシステムに作業が投入されたりすること。
  • キュー(Queue): カンバンにおけるキューとは、作業項目の待機エリアのこと。通常は厳格な制限は設けないが、WIP制限(進行中の作業制限)やSNFW制限(「開始しているが終了していない作業」制限)がある場合には、バッファとして機能することもある。
  • リスク(Risk): 望ましくないことが起こる可能性のこと。
  • 安定したシステム(Stable system): 端的に言えば、与えられた需要に一貫して応えられるシステムのこと。より正確な説明については、(7,8,20)を参照のこと。ナレッジワークでは、製造業と比べて作業項目のサイズのばらつきが大きくなる傾向がある。不均一な作業サイズは、(待ち時間が最大の要因となることなどから)経過時間やスループットに大きなばらつきをもたらすとは限らないが、(外部依存などによって)ばらつきを引き起こすこともある。本ガイドでは、製造業向けに設計されたアプローチがナレッジワークにおいて有用性を欠くわけではないという見解をとっている。
  • ステークホルダー(Stakeholder): カンバンシステムのインプット、アクティビティ、アウトカムに対して、責任を持つ、関心を持つ、または影響を受ける個人やグループ、もしくはその他の存在。顧客、意思決定者、ユーザーなどが含まれるが、これらに限らない。
  • 「開始(Started)」: ワークフローの定義における「開始」と「終了」のひと組において、経過時間の計測を「開始」するタイミングのこと。
  • 「開始」と「終了」のひと組(‘started’ and ‘finished’ pair): ワークフローの定義における、ひとつ以上のそれぞれの「開始」点には、同じワークフローの定義内に対応する「終了」点が存在しているべきである。
  • タクト(Takt): タクト(英語では「tact」)という語は、リズム、拍子(ケイデンス)、周期(サイクル)を意味するドイツ語に由来し、音楽における拍の取り方に関連している。現代では、主に製造業の文脈で使われる用語である。タクトは、トヨタ生産方式やリーン思考における基本的な指標であり、安定したシステムにおいて需要を満たすために必要なキャパシティを算出するために用いられる。スループットが単位時間あたりの実際のアウトプットを計測するのに対し、タクトは需要に基づいた理想的な作業ペースの期待値を設定するものである。また、プロセスの各ステージで必要なキャパシティをカンバンシステムメンバーが把握できるようにすることで、需要に一貫して応えられるバランスの取れたシステムの実現を可能にする。ナレッジワークにおいてタクトを算出するのは困難であり、ばらつきの大きい環境下で需要を正しく理解する必要があるため、必ずしもナレッジワークに適しているとは限らない。
    訳注: 英語でもTaktやTakt Timeと記述するのが通常である
  • 作業(Work): ひとつ以上の作業項目のことを指し、「開始している」「開始していない」「終了している」「終了していない」のいずれかの場合を含む。
  • 作業項目(Work Item): 作業項目または項目(Item)とは、価値を生み出す可能性をもつものである。作業項目の粒度はさまざまであり、価値の可能性がある限り、さまざまな用語で表現されることがある。ステークホルダーにとっての価値を生み出す可能性がない作業項目は、無駄となるかもしれない。例えば、複数の作業項目にまたがるサブタスクの「終了」に注力し、ひとつの作業項目の「終了」に集中しない場合などが挙げられる。このような無駄になりうる作業項目に対して「開始しているが終了していない作業(SNFW)」や「進行中の作業(WIP)」を制御することで、潜在的な価値の早期提供に向けたコラボレーションや集中が高まることが多い。状況に応じて判断すること。
  • 作業項目のタイプ(Work Item Type): 作業項目の分類のこと。例として、ブランド、顧客、フィーチャー、バグ、プロジェクト作業、ユーザー体験(UX: User Experience)調査、顧客体験(CX: Customer Experience)調査、人間中心設計、運用作業、問題提起、仮説、その他の調査、実験などが挙げられるが、これらに限らない。センスメイキング(意味付けや整理)に役立つ。
  • 検証済みの価値(Validated Value): ステークホルダーによって、公式または非公式に、エビデンスや観察(理想的にはその両方)をもとに確認できる価値のこと。多くの場合、内部および外部のステークホルダーによる1回以上の結果に対するフィードバック(および手戻り)を経て、価値が確認に至る。すべての人がこの考え方を支持しているわけではない。
  • 価値(Value): ステークホルダーにとっての潜在的または実際に得られた恩恵のこと。例として、顧客、エンドユーザー、意思決定者、組織、環境のニーズを満たすことなどが挙げられる。
  • 可視化(Visualize, Visualization): アイデアを効果的に伝えるためのあらゆる方法で、視覚的なものに限らず、概念の明確化なども含む。
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参考文献

参考文献は、さらなる学習の機会を読者に提供するために掲載している。これらの参考文献は、本ガイドの本文を必ずしも裏付けるものではない。

訳注: 参考文献は翻訳の対象外であり、和訳があるものもあえて記載していない。

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